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    <title>ジャカルタ　タナカルト　ウィークリー</title>
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    <description>〜ジャカルタ在住日本語教師のブログ〜</description>
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    <title>犠牲祭</title>
    <description>　12月8日（月）はインドネシアは祝日で休みである。イスラム教徒にとって大切なIDUL ADHAと呼ばれる祝日で、日本語では犠牲祭と訳される。何月何日にあたるかは毎年違うので、レバラン（断食明け大祭）同様どうやら陰暦が関係しているようだ。記憶が確かであれば、毎年10...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　12月8日（月）はインドネシアは祝日で休みである。イスラム教徒にとって大切なIDUL ADHAと呼ばれる祝日で、日本語では<span style="color:#0000FF">犠牲祭</span>と訳される。何月何日にあたるかは毎年違うので、レバラン（断食明け大祭）同様どうやら陰暦が関係しているようだ。記憶が確かであれば、毎年10日ほどずれている。さて、それはともかくこの犠牲祭、日本人には名前からしてなじみが薄く、同時になんだか空恐ろしいもののようにも聞こえる。だが2年前、幸運にも私はインドネシアの犠牲祭が何たるかを自分の目で確かめることができた。<br />
<br />
　ジャカルタに来て間もなかった2006年の12月末、私は同僚の自宅に招かれた。犠牲祭のお祝いをするので、泊りがけで遊びにこいということだった。犠牲祭はPotong kambing（Potongは切る、kambingはヤギの意）と表現されることも多いし、同僚も簡単に説明してくれていたので、事前になんとなくどんなものなのかというのは想像はできた。その同僚の言葉を借りると、犠牲祭というのは「ある程度財産を持つ人がヤギまたは牛を購入（一頭単位で買う。ちなみにヤギは一頭1万円、牛は一頭10万円ほどが相場）し、近所の人達とそのヤギや牛を屠殺する。そしてその肉を近所の人や貧しい人達にふるまう行事」らしい。もちろん日本では体験できないことなので、二つ返事で遊びに行くことを決めた。<br />
<br />
　当日はわりと朝早くに起こされた。そして朝食もそこそこに近所の広場に向かうと、その広場にはすでに多くの人が集まっていた。もちろんそこには主役（？）であるヤギが思慮深げな顔で空を見つめたり、草をほおばったりしながら待機していた（とはいえ、言うまでもなくヤギたちはこれから自分の身に起こる出来事など知るべくもない）。しばらくすると、やってきたおじさんの音頭でお祈りが始まる。そしてお祈りが済むと、数人の男性が中央に集まり、ヤギが一匹連れてこられる。近くには穴が掘ってある。男性達はおもむろにヤギに歩み寄ると、その体を押さえつけ、地べたに寝かせる。その後のステップはこうである。<br />
<br />
1	　まず急所である首をかき切る<br />
2	　血が流れ出てしまうまで放置する（前述の穴はその血を流す場として活用される）<br />
3	　絶命が確認されると、首を落としたうえで後足をしばり、宙吊りにしてぶらさげる<br />
4	　後ろ足から首に向かって皮を剥いでいく<br />
5	　内臓を取り出し、骨を断つ<br />
6	　胴体や足を細かく切り分ける<br />
<br />
　生きているヤギを押さえつけ、寝かせるのは簡単な作業ではなく、大の男が3、4人がかりでやる。ヤギはといえば、抵抗もするし、鳴き声を上げもする（屠殺をする男性に手慣れた人とそうでない人がいるので、中にはかなり苦しんで死ぬヤギもいる。また刃物にも切れ味の悪いものがあったりする）。あたりには血のにおいが漂い、広場にはたくさんの切り落とされた頭や胴体が、並べられたり吊り下げられたりしている。さて、このような光景をみなさんはどう思うだろうか。<br />
<br />
　インドネシア人の中にも、「動物がかわいそうだ」とか「あれは残酷だ」という人がいる。しかし、私は非常にいい体験をさせてもらったと思っている。宗教的な意味合いを抜きにしても、意義深いものだと感じたからだ。自分自身、生まれてからこれまで家畜が屠殺される瞬間を間近で目撃したことはなかった。日常的に牛肉や豚肉、鶏肉などを口にしているにもかかわらず、それらが自分の口に入るまでのプロセスを考えたこともほとんどなかった。さらに言えば、それらが動物の肉であり、<span style="color:#FF0000">もともと生きていたものだということ</span>さえ、普段頭の中にはあまりなかった気がする。<br />
<br />
　日本では、肉や魚はスーパーでパックに入っているものを買うのが当たり前になっている。清潔で衛生的だし、料理に便利で手間もかからない。そんなパック入りの食材だけを見ていると、そこから動物の姿を想像することは容易ではない。もちろん肉を食べるたびに、在りし日のかれらの姿を想像する必要はないと思う。ただ、2年前のあの日、最低限知っておくことは大切だという気がした。屠殺する人、皮を剥ぐ人、肉に刃を入れる人がいるからこそ、私たちはおいしい肉を食べられるのだ。<br />
<br />
　話は犠牲祭に戻るが、小さく切り分けられた肉は、各家庭に持ち帰られ家族のお腹に入ることになる。私も同僚の家でサテ作りに参加し、ごちそうになった。サテというのはインドネシア風串焼きのことで、作り方は串焼きだけにいたって簡単。ヤギ肉を串に刺し、それを炭火で焼くのだ。一般的にヤギ肉は臭みがあり、味もくせがあると言われるが、あのとき食べたサテはおいしかった。人間が食しているものは生命を持つものだということを改めて感じたこと。また、それに対する感謝の念。そんなものが<span style="color:#008000">調味料</span>となり、少なからずサテの味に影響していたのかもしれない。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-12-08T00:46:13+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
  </item>

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    <title>利他行動</title>
    <description>　来週の日曜日、いよいよ2008年度日本語能力検定試験を迎える。JCCの受講生にも最もレベルの高い1級から4級まで各級の受験を予定している学生がおり、この2、3ヶ月は授業でその対策をすることが多かった。中でも今年担当しているクラスで特に受験者が多いのが2級。2級と...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　来週の日曜日、いよいよ2008年度日本語能力検定試験を迎える。JCCの受講生にも最もレベルの高い1級から4級まで各級の受験を予定している学生がおり、この2、3ヶ月は授業でその対策をすることが多かった。中でも今年担当しているクラスで特に受験者が多いのが2級。2級といえば3級との難易度に大きな差があり、一般的に「壁」と称される級である。試験問題には日本語学習者にとって難易度の高い漢字、語彙、文法がよく出てくるので、学生たちは頭を抱えながら合格に向け頑張っている。こちらとしてもできるかぎりサポートしてきたつもりだ。何はともあれ試験当日、受験者全員が万全の体勢で試験に臨み、現時点での力を出し尽くせることを祈るばかりである。<br />
<br />
　さて、件の日本語能力試験2級対策で読解の授業をしていたときのことである。「利他行動」という言葉をトピックにした文章があった。これは書いて字のごとく「他人の利益になることをする行動」という意味だ。そして、その文章では特に「人に注意することは、まさしく利他行動である」と述べていた。教室でこの文章の言わんとするポイントを解説しながら、確かにそうだと強く思った。自分自身を振り返り、うなずかざるをえなかったからだ。<br />
<br />
　私は日本語教師になるまで、正社員、アルバイト含めて様々な仕事を経験してきた。飲食店の厨房、引越し業者の荷物運び、コンサートの警備、テレフォンオペレーター、コンビニやスーパーのレジや商品管理、空調機器の清掃、携帯電話の電波調査などなど、挙げればきりがない。そしてそれらの業務に携わるにあたって、「先輩」や「リーダー」、ひいては「店長」として、人の上に立って指揮をとるべき立場に置かれたことがある。もちろん楽しかったこともあれば辛かったこともあるし、評価されたこともあれば怒鳴りつけられたこともある。業種も違えば置かれた立場も違うので、その全てを振り返って、一言で片付けるのは至難の業である。ただ、ひとつだけ確かに言えるのは、それらの経験を通して自分が何かを得ることができた、ということだ。いろんな世界を垣間見ることができたし、社会というつかみどころのないものの一角を知ることができたとも思う。しかし、振り返ってみて確認できるのは、成長や手にしたものだけではない。未だに自らが成長できていない、あるいは苦手なままでいることも思い知らされる。<br />
<br />
　私は昔から人を注意したり叱ったりすることが非常に苦手だった。そしてそれは今も変わらない。前述のとおり、ときには注意する、叱るという行動が必要とされる立場に置かれたこともある。だがその際もうまくできたと思ったことは一度もなかった。基本的にしたくないことだから、気も進まないし、ましてや楽しくなんかない。人間は嫌いなことは上手にならないものだ。また「いや、注意するのが苦手でね・・・」という話を人にすると、「それは性格が優しいからだよ」と言われることがある。そしてそれを聞いて、図々しくも自分自身「だからかなぁ・・・」と納得しかけたこともある。しかし、先日クラスでその「人に注意することは、まさしく利他行動である」という主旨の文章を読んだとき、<span style="color:#0000FF">ドリフでよく降ってくる金だらい</span>が頭部に直撃したようなショックを受けた。そうだ、人を注意したり叱ったりすることは、まさに相手のために自らの身を削って行う行為なのだ。<br />
<br />
　「利他行動」の中には、ボランティアも含まれる。無償で誰かのため、何かのために自分の資産や労力をつかって行動を起こすのだから当然だ。しかし、例えばボランティアで地域の清掃をする行為と、会社でミスをした部下を叱る行為を比較すると、前者が通常誰かに感謝されたり喜ばれたりするのに対し、後者は喜ばれるどころか相手を落ち込ませる可能性があるという点で大きく異なる。無論、ミスをした部下を叱ることは将来的には会社の利益にもつながる行為だろうが、部下は注意した上司に対して感謝をすることはあるまい。逆に嫌な上司だと思われたり、恨まれたりする可能性のほうが高い。そして、さらに言えば、経験上、人を注意するという行為はエネルギーもかなり費やす。人を注意することが自分のストレスや悩みになる可能性だってある。<br />
<br />
　そう考えると、人を注意するということはそれほど<span style="color:#FF0000">自分を犠牲にしなければならない行為</span>なのだ。そしてそれが苦手だということは、極端に言えばそれだけ利己的な人間なのかもしれない。「こんなこと言うと嫌な奴だと思われるかも・・・」とか、「自分が嫌われるぐらいなら、この場を無視してやり過ごそう」といった考えは、そのときはいいかもしれないが、最終的に相手のためにはならない。そのとき注意されなかったことで、相手は同じ過ちを繰り返すかもしれない。もっと極端に言えば「自分のやってることは全部正しい」と考えるようになるかもしれない。<br />
<br />
　逆にこれまでの人生で、叱られた経験はかなりある。全く自慢にはならないが、学生時代にはビンタを2発喰らった上に校庭を10周走らされたり、大勢の前で正座させられた挙句、<span style="color:#008000">脳機能に損傷がでるほどの数の</span>げんこつに見舞われたこともある。他にもチョークを投げられる、廊下に立たされる、耳を引っ張られる、髪の毛を引っ張られる、反省文を書かされる、放課後掃除をさせられるなどの憂き目にあったことも少なくない。そして言うまでもなく、当時はビンタされて「先生、ビンタしてくれてありがとう・・・」などと思ったことは一度もなかった。ただ、それを恨んだり根に持ったりしたかと言われれば、答えはノーである。これが誰にでも、またどんな場面にも当てはまるとは思わないが、往々にしてそんなものだと思う。<br />
<br />
　これからは「利他行動」が少しでもできる人間になろうと思う。とはいえ、まだまだ叱ることより叱られることのほうが多そうだが・・・。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-11-30T19:39:04+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
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    <title>運転免許取得</title>
    <description>　丸2ヶ月ぶりの更新である。9月末から10月にかけてレバラン休暇があったため、9月後半は片付けなければならない仕事に追われ、休暇明けは休暇明けで11月9日に行われた日イ友好50周年記念事業の目玉イベント「日本の祭り」の準備で忙殺され、気がつけばブログの更新が延ば...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　丸2ヶ月ぶりの更新である。9月末から10月にかけてレバラン休暇があったため、9月後半は片付けなければならない仕事に追われ、休暇明けは休暇明けで11月9日に行われた日イ友好50周年記念事業の目玉イベント「日本の祭り」の準備で忙殺され、気がつけばブログの更新が延ばし延ばしになってしまっていた。しまいには母から「忙しいんだろうとは思ってたけど、ブログの更新がないんで・・・」と安否の確認連絡までくる始末。いやはや、このページが果たしている役割もなかなかのものである。とにもかくにも、大変長らくお待たせいたしました・・・。<br />
<br />
　今年のレバラン休暇は、去年と同様バリで過ごした。そして、都合3度目となるバリ旅行にあたって、私はひとつの大いなる野望を胸に抱いていた。それはバイクの運転免許の取得。これを成し遂げれば、バリ旅行がより楽しく快適になるという確信があったのである。過去2回のバリ旅行では、主な移動手段は車であった。もちろん車での移動は楽だし、自分で運転することもないので道に迷う恐れもない。また雨に打たれる心配もない。しかし、食事や買い物、観光であちこち行くとなると、不都合なところも出てくるというのが実感であった。<br />
<br />
?タクシー。ちょくちょく拾うのは面倒だし、ウブドなどでは流しのタクシーが見当たらない。へたすると遠回りされたり、ぼられたりする可能性もある。チャーターする手もあるが、料金はそれなりにする。<br />
?レンタカー。半日くらいのチャーターは便利だが、時間が限定されてしまうのでそれに縛られる（もちろん、掃いて捨てるほどお金があったり、自分で運転したりすれば、この限りではない）。<br />
?宿泊先の送迎サービス。送ってもらえるところもある程度の範囲と決まっているし、相乗りになる可能性も高い。また、ドライバーが必要以上にあちこち勧めてきたりする（マージン、ノルマのにおいあり）。<br />
<br />
　しかし、これがバイクならどうだろうか。まず料金がグッと安いし、一日単位で借りられるので時間をあれこれ考える必要もない。また、すり抜けも可能で渋滞に影響されにくく、駐車も簡単。そして何より小回りが利く。車を借りるほどでもないが、歩いていくのも億劫だというような移動にはベストの乗り物である。<br />
<br />
　こうしてバイクで颯爽とバリを駆け回ろうという決意が固まった。しかし、先立つものは情報である。どこで取れるのか、必要な書類はあるのか、料金はいくらなのか。バリ到着後、ことあるごとにレストランのウエイトレスやタクシーの運転手に尋ねてみた。とはいえ、バリもまたインドネシア。返ってくる答えは<span style="color:#008000">ひとつとして同じものがない</span>。「うちの近所に住んでる日本人は無免で運転しまくってるよ。いらないんじゃない」とか、「免許取るのに何十万ルピアかかかるでしょう。そんなのにお金遣うくらいなら、警察に止められたときに5万ルピアにぎらせてその場をごまかしたほうが最終的に安くあがるわよ」とか、「警察署で誰でもいいからひとり職員を捉まえて20万ルピアぐらい渡せば、1時間もかからずにできるぜ」とか、何が本当なのかさっぱりわからない。それにいくら「いらない」と言われても、こっちはジャカルタにきちんとした仕事を持つ外国人。そんないい加減なまねができようか。結局よくわからないままデンパサールにある某担当部署へと向かったのであった。<br />
<br />
　敷地に足を踏み入れしばらくすると、もうすでにどこへ歩を進めるべきかわからない。うろうろしていると、明らかに職員ではないであろうおじさんが「外国人はあっちだよ」と教えてくれた。そしてようやくたどりついたのはここで手続きができるとは到底思えない小さな一室。薄暗く、コンピューターの一台もない。そしてそこで強面のおじさん二人組がタバコをふかしている。うーん、いかにもという感じ。<br />
<br />
「あのー、バイクの免許とりたいんですけど・・・」<br />
「免許？　もう今日はしまいだよ。明日の朝にでも出直してくるんだね」<br />
<br />
　話を聞くと、通常は午前中の早い時間に手続きが行われるそうだ。仕方ないので、必要書類を確認し出直すことに。そこには、おとなしくすごすごと退散しつつも今度は絶対手ぶらでは帰らんぞとの決意を強くしている自分がいた。<br />
<br />
　そしてリベンジ当日。準備は万全、気合いも十分だ。昨日と同じところへ行くと、二人組の片割れが迎えてくれた。おじさんに案内されるがままについていき、書類を一枚準備してもらう。作成を担当してくれたのはバイトの大学生という風貌の兄ちゃんだったが、あれも職員だったのだろうか。それから最初に訪れた小さな部屋に戻ると、そこには観光客の日本人男性が二人座っていた。そしてこちらが日本人と気づくやいなや、「さっきからこの兄ちゃんしゃべってばっかで、手続きが全然進まないんですよ〜」と訴えてきたのである。どうやら英語で頑張っていろいろ言ってみてはいるものの、妙にハイテンションな職員に翻弄されてしまっているようだ。前日はいなかったこの職員は、「愛してる」「きれい」などの片言の日本語を操り、その振る舞いたるや完全に<span style="color:#FF0000">うさんくさい現地の観光ガイド</span>そのもの。こっちと話しているときも「日本人女性と付き合いたい。誰か紹介してくれないか」としきりに頼んでくる。こっちだって時間が余っているわけではない。適当に流して、必要経費を支払った。その額25万ルピア。彼の説明によると、インドネシア在住の外国人は観光客と違って一年有効の免許が作れるとのことだった。そして渡されたのが筆記試験。これまたすごい代物で、全ての問題が英語表記なのだが、スペルミスが多く、文法的にも怪しいものが見受けられる。そもそも用紙からしてコピーにコピーを重ねたものを使っているらしく、印刷が非常に粗いのだから困ってしまう。ただでさえ外国語で交通法規に関する問題を解いていかねばならないのに、これではハードルが高すぎる・・・。かといって、ここで投げ出すわけにもいかない。変わらず陽気にしゃべっている例の職員の声を耳元で遮るほどの集中力をもって試験に臨んだ。やはり簡単ではない。　−10分経過−　突然おじさんが用紙を取り上げた。「はい、終わりー」。まだ三分の一も解き終わっていないのにである。そしておじさんはこれまでの私の努力など<span style="color:#0000FF">何もなかったかのように</span>採点を始め、未回答の部分は自分で答えて自分で丸を付けている（ご丁寧に、わざと間違っているものもあった）。何だったんだ、この10分間は？<br />
<br />
　その後、免許証を発行している部署へ移動し、しばらく待たされた。そして写真撮影、免許証の記載事項の再確認などを終え、ついに1年間有効のバイクの運転免許証を手にしたのであった。手続きにかかった時間はトータルで2時間。これが一般的な基準と比べて早いのか遅いのかは定かではない。<br />
<br />
　さて、肝心の旅行はと言えば、おかげでとても快適な時間が過ごせた。意地でも虚勢でもなく、大正解だったと断言できる。ちょっとした移動もスムーズだったし、何よりバリの風を肌で感じることができたのが気持ちよかった。旅のスタイルは様々だが、これはぜひおすすめしたい。無論、免許取得のプロセス自体が思い出のひとつとなる可能性も大である。<br />
<br />
追記<br />
　参考までに、今回免許証取得に際し提出した書類等を記しておく。みなさんの旅の一助となれば幸いである。ただ、あくまでインドネシア在住である私のケースであり、旅行者だと異なる点もあることをお忘れなく。<br />
<br />
1	　パスポートのコピー<br />
2	　KITAS（制限付き滞在許可証）のコピー<br />
3	　日本の運転免許証のコピー<br />
4	　Surat Tanda Lapor Diri（当局で作成してもらった書類。正式名かどうか不明）<br />
5	　手続き料25万ルピア（正規の費用であることを願う）<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-11-17T00:23:37+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
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    <title>甘い指</title>
    <description>　あるクラスで「シャツを着る」「ズボンをはく」「メガネをかける」など着衣に関する言葉を教えた際、アクセサリーの話になった。同業者ならわかるかもしれないが、これはよくあることだ。確かに自分が教わる立場であったら、やはり気になると思う。そんなわけで、いつも...</description>
<content:encoded><![CDATA[
　あるクラスで「シャツを着る」「ズボンをはく」「メガネをかける」など着衣に関する言葉を教えた際、アクセサリーの話になった。同業者ならわかるかもしれないが、これはよくあることだ。確かに自分が教わる立場であったら、やはり気になると思う。そんなわけで、いつも訊かれたらできるかぎり答えるようにしている。<br />
<br />
　ここで前の文章をよくご覧いただきたい。「いつも訊かれたらできるかぎり答えるようにしている」のだ。無条件に、「訊かれればなんぼでも答える」というわけではない。そしてこれにはもちろんきちんとした理由がある。その理由とは、「アクセサリーと一口に言っても、その種類は多様である」ことだ。指輪、ネックレス、イヤリングをはじめ、ブレスレット、アンクレット、ピアスなどなど。まあ、このあたりまでなら問題ないが、ときには付けまつげ、タトゥーと話が脱線を続け、しまいには<span style="color:#008000">かつら</span>なんてものまで出てくる可能性があるからだ。もはやアクセサリーとは呼べない。日本語教師版「本当にあった怖い話」とでも言おうか。<br />
<br />
　さて、そのクラスでは幸運にもそのような脱線はなく、指輪から最終的に指の話になった。ちなみに学生は台湾人。漢字圏の学習者とは、漢字でのコミュニケーションが楽しみのひとつになる。ホワイトボードに大きな手の絵を描いて、日本語における指の名称をひとつひとつ漢字で書いていくと、おおよそ「あー、なるほど」という感じのリアクションであった。ただ、だいたい相似点が認められるものの、違うところもあるというので、今度は逆にホワイトボードに書いてもらった。すると、このような対応表が完成したのである。<br />
<br />
　　　　親指　　　　　大姆指<br />
　　　　人差し指　　　食指<br />
　　　　中指　　　　　中指<br />
　　　　薬指　　　　　無名指<br />
　　　　小指　　　　　小指<br />
<br />
　中指と小指は全く同じ。そして親指に関しては「姆」という字から「母」が連想でき、似ていると言っても差し支えないだろう。さらに人差し指も、日本語でも「食指が動く」という表現があることから、共通点を見出すことは可能だ。ただ、唯一大きく異なっているのが薬指。無名指とは「名も無き指」の意であろう。他の四本の指同様、毎日働いているにもかかわらず、こんな名前を付けられてしまうのはあんまりだという気もするが、いかんせん<span style="color:#0000FF">存在感が薄い</span>のだろう。無名指のようなパパにだけはなるまい。<br />
<br />
　その後、気になってインドネシア語ではどのような名称なのかを同僚に尋ねてみた。今度はインドネシア語における名称を加えて、三ヶ国語で対応表を作ってみよう。<br />
<br />
　　　　親指　　　　　大姆指　　　　Ibu jari<br />
　　　　人差し指　　　食指　　　　　jari telunjuk<br />
　　　　中指　　　　　中指　　　　　jari tengah<br />
　　　　薬指　　　　　無名指　　　　jari manis<br />
　　　　小指　　　　　小指　　　　　jari kelingking<br />
<br />
　まずは中指から。Jariは｢指｣、tengahは「中、中央」を意味するので、中指については三ヶ国で同じ意味の名称となった。英語でもmiddle fingerという呼び方があり、多くの言語で共通した感覚のようだ。続いて親指。Ibuは「母」を意味し、これも他の二ヶ国と同じ感覚である。日本語だけが性別までは区別しておらず若干の差異はあるが、同一視しても差し支えあるまい。そして人差し指。インドネシア語にtunjuk、「指差す、示す」という言葉があり、おそらくこの言葉と何らかの関係があるように思われる。この予測が正しければ、日本語と同じ名称である。問題は小指。kelingkingという言葉は、語源がよくわからないそうなのだ。インドネシア語を研究している言語学者の方なら知っているかもしれない。もしご存知の方がいらっしゃれば、ぜひご一報いただきたい。最後に薬指。manisは「甘い」を意味し、直訳すると「甘い指」となる。同僚によると、インドネシアも日本と同様、結婚指輪や婚約指輪を薬指に付ける習慣があり（ちなみに左右は逆である）、ここからmanisにつながっているのだろう、とのことだった。そういえば英語でも新婚旅行はhoneymoonである。世界には国境を越えて、<span style="color:#FF0000">結婚＝甘い</span>という図式があるのかもしれない。きっと多くの既婚者が「そんな考えは甘い！」と言うだろうが・・・。<br />
<br />
　指の名称ひとつとっても、いろいろとおもしろいものだ。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-09-14T21:36:08+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
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    <title>それぞれの神</title>
    <description>今週の月曜日、9月1日から断食が始まった。もちろん自分はしないのだが、傍らでその様子を見るのは今回で三度目となる。こちらにやってきたときには断食に関する知識など一切なかったので、最初の年はその実態を目の当たりにし、ひたすら「へぇ〜」という感じだった。日本...</description>
<content:encoded><![CDATA[
今週の月曜日、9月1日から断食が始まった。もちろん自分はしないのだが、傍らでその様子を見るのは今回で三度目となる。こちらにやってきたときには断食に関する知識など一切なかったので、最初の年はその実態を目の当たりにし、ひたすら「へぇ〜」という感じだった。日本にいた頃、「断食」という言葉に対する漠然としたイメージに、「ずっと何も食べない」、「特別な宗教的行事で、日常生活とはかけ離れたもの」などがあった。しかし実際は全然違っていて、食べないのは早朝から夕方までだし、日常生活とかけ離れているどころか、いつもどおりの生活を送りながらやっている。仕事を持つ人は働くし、学生は学校へ行く。決して<span style="color:#0000FF">地元の人も足を踏み入れない山奥での荒行</span>ではない。<br />
<br />
ただ、多少の変化も見られる。断食をする人は早朝3時〜4時に断食に備えかなり早めの朝食をとるため、早起きを余儀なくされる。そんなわけで、普段と比べると断食期間中はちょっと眠そうだし、テンションもやや低めである。また、断食に入ると、街角からは屋台などが忽然と姿を消し、レストランのガラス戸や窓にもシャッターが下ろされたり、カーテンがかけられたりして、外から内部が見えないようになる。中で食事をしていると、なんだか隠れて悪いことをしているような気がしないでもない。そして、そのようなものが積み重なるからか、街は心なしか落ち着いた感じになる。同時にイスラム教の人々も、なんとなく心穏やかで、どこか内省的に見える。<br />
<br />
さて、この断食。過去に二度身近で目にしてきたものなので、もう驚くこともないだろうと思っていたし、事実おおむねそうである。だが先日、同僚の一人に大いに驚かされた。意表を突かれたとでも言おうか。これまではかぶっていなかった先生が、突如ジルバブ（イスラム女性のかぶりもの）をかぶって現れたのである。ジルバブはインドネシアでは頻繁に見かける。バリではあまり見かけないが、ジャカルタではかぶっている人も多く、イスラム教になじみのない外国人が最初に「お〜」と思うのはこれだろう。そして、外国人が抱く素朴な疑問に、<span style="color:#008000">同じムスリムの女性でもかぶっている人とかぶっていない人がいること</span>がある。以前、「その違いは何なのか？」と同僚に聞いたことがあるのだが、そのとき返ってきたのは「ジルバブをかぶっている女性はいいムスリムだ」という答えであった。言うまでもなく、かぶっていない人がよくないムスリムだというわけではない。きっと、そのシンプル極まりない言葉の真意を理解するためには、イスラム教とインドネシアを深く知る必要があるのだと思う。自分にはまだまだわかるとは言えない。<br />
<br />
ジルバブは一度かぶると、基本的に人前ではずっとかぶり続けなければならない。子供の頃からかぶっている人なら決意も何もなかったと言うかもしれないが、生まれてこのかたかぶっていなかった人には決意の要ることだろう。話を聞いてみると、お父さんを亡くしてから、よりいっそう神に近づけるようにかぶることを決めたものの、恥ずかしい気持ちなどもあり、この2年なかなか踏みきれずにいたそうだ。その姿を最初に見たときはとにかくひたすらびっくりだったが、しばらくして改めておめでとうの一言を言った。これは祝うべきことなのだ。<br />
<br />
もうひとつの話。先日、一年ほど担当していたあるプライベートクラスが終了した。その学生は今月日本へ留学する予定で、夢は日本で漫画家になることだ。とにかくマンガやアニメが大好きで、自らをオタクと呼んではばからない彼からは、この一年多くのオタク言葉やオタク文化を教わった。そんな彼が、最後の授業の際、こんなエピソードを教えてくれたのである。<br />
<br />
一年以上前のある日、キリスト教徒である彼はいつものように教会へ足を運んだ。当時からすでに日本のマンガやアニメが好きで、独学で日本語学習も始めていたものの、実際に日本人とコミュニケーションをとることや学校で日本語を学ぶことにはどこか自信がなく、及び腰だったそうだ。そしてその日、教会での説教にこんな言葉があったそうだ。<br />
<br />
「今日この場所に一人の少年がいる。彼は大きな夢を持っているが、まだ行動に移せていないようだ。しかし、神は彼の夢を叶えるべく、後押ししてくださることだろう」<br />
<br />
この言葉を聞いて涙を流し、自ら一歩を踏み出すことを決意した彼は、しばらくしてJCCを訪れたのである。<br />
<br />
普段の彼からは想像もつかないエピソード。しかし事実、彼のカバンの中では<span style="color:#FF0000">聖書と美少女のイラストが共存している</span>のである。僕には奇妙に思える組み合わせだが、本人はいたって普通。自分の視野の狭さやステレオタイプに気づかされた出来事だった。<br />
<br />
このように、イスラム教にしてもキリスト教にしても、やはり神の存在は大きい。そしてイスラム教徒やキリスト教徒に囲まれて暮らしている自分には、信仰とはいかないまでも、その考え方に触れる機会がある。ジャカルタ生活の面白さのひとつである。<br />

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    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-09-06T19:30:38+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
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    <title>Ｔａｎａｈ　Ａｂａｎｇ</title>
    <description>ジャカルタ在住の方なら聞いたことがあるかもしれない。「Ｔａｎａｈ」は土地。そして「Ａｂａｎｇ」はお兄さんや親しい男性への呼びかけに使われる言葉。直訳すると「兄ちゃんの土地」となるが、この名とその実態とは直接の関係がなさそうだ（ちなみに、ジャワ語で「Ａｂ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
ジャカルタ在住の方なら聞いたことがあるかもしれない。「Ｔａｎａｈ」は土地。そして「Ａｂａｎｇ」はお兄さんや親しい男性への呼びかけに使われる言葉。直訳すると「兄ちゃんの土地」となるが、この名とその実態とは直接の関係がなさそうだ（ちなみに、ジャワ語で「Ａｂａｎｇ」は赤を意味するそうなので、こちらに由来しているのかもしれない）。Ｔａｎａｈ　Ａｂａｎｇは「ジャカルタで安く服や生地を買うならここ！」という場所である。そこには数え切れぬほどの店が集い、一大衣料品マーケットになっている・・・そんな話をインドネシア人スタッフからしばしば聞いていたのだが、これまで不思議と縁がなかった。だが先日、ついに足を踏み入れる機会を得た。今回はＴａｎａｈ　Ａｂａｎｇについて書きたいと思う。<br />
<br />
寿退職したあるスタッフの結婚式に来ていくバティックのシャツを作りたい、というのが話の発端だった。服装に関しては日本ほど決まった形がないらしく、インドネシア人の中にはジーンズなんかで出席する人もいるのだが、カジュアルすぎるのは自分自身抵抗がある。かといって、日本のようにスーツを着ている人は少ない。男性の場合、やはりバティックが圧倒的多数派なのだ。これまで何度か、結婚式場で周りを見ながら、「外国人とはいえインドネシアの結婚式に出るのならやはりバティックかなぁ・・・」と思うことがあった。ただ、いかんせんバティックというのは色や柄のチョイスが難しく、形も細めのものがない。必要性は感じながらも、自分に合うものを探す困難さを思うと気が乗らず、バティック売り場はただ通り過ぎるだけという日々が続いていた。そんなとき、たまたま近いうちにＴａｎａｈ　Ａｂａｎｇへ行くというスタッフが現れたのである。これは千載一遇のチャンス、さっそく同行し、かの地で生地を購入後オーダーメイドで作ってもらうことにした。<br />
<br />
耳にしていた話から、Ｔａｎａｈ　Ａｂａｎｇはごみごみした市場のようなところだろうと想像していたのだが、外観は想像と違ってデパートのような感じである。<br />
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<img src="images/IMGP0697.jpg" width="320" height="240" alt="そびえたつＴａｎａｈ　Ａｂａｎｇ" class="pict" /><br />
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なんでも改装前、立ち退きに反対する人々に業を煮やした行政側が火を放って無理やり改装へ持ち込んだといういわくつきの代物だが、真相は定かではない。ともかく周囲の景観からすると、目立つ建物だ。入り口付近、建物の外側には、東南アジアで時折目にする市場独特の雰囲気がある。<br />
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<img src="images/IMGP0694.jpg" width="320" height="240" alt="入り口付近の様子" class="pict" /><br />
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ただ、内部はわりと落ち着いている。とはいっても、あちこちに仕入れた売り物が山のように積んであるし、ごみは至るところに落ちているし、日本のデパートとは比べるべくもない。<br />
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<img src="images/IMGP0693.jpg" width="190" height="183" alt="中にはこんな怖いマネキンも・・・" class="pict" /><br />
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数分歩いて、すぐに「これは外国人には難しいところだな」と感じた。まず、同じような店が山ほどあるのだが、ブロックや階層ごとの明確な売り場の区分けがないため、どこに何があるのかがよくわからない。第二に、ほとんどの品物に値札がついていない。おそらく一人きりだったらひるんでしまっていただろうが、その日の僕にはインドネシア人の同僚が数人いたので心配なし。さらには「値切り上手」としてその名をはせる師匠がいたため、鬼に金棒と言っても過言ではなかった。なにせ、あるショッピングセンターでは彼女を見るとお店がシャッターを下ろしてしまうという伝説もあるくらいなのだ。<br />
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<img src="images/IMGP0692.jpg" width="320" height="240" alt="小さな店が所狭しと並ぶ" class="pict" /><br />
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バティックのシャツなどはよく見かけるが、生地を売っているところは多くない。あっちでもないこっちでもないと、道に迷いながらも頑張って数店回った結果、最終的に好みに合うものに出逢えた。あとは値段交渉。こういった場所では値切ったもん勝ちというところがある。本来なら自分でやらなければならないのだが、その日は師匠がいたため、全権代理人として全てを託した。もともと１５万ルピアという安値だったものの、師匠は気合いで１２万まで下げてくれた。<br />
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<img src="images/IMGP0685.jpg" width="292" height="229" alt="値段交渉中" class="pict" /><br />
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その後、あるスタッフのなじみのテーラーへと場所を移し、サイズを測ってもらったり、希望の型を伝えたりした。バスを降りて１０分ほど歩いたところにあり、周囲も普通の住宅街。知る人ぞ知るといった店構えである。縫製料は１５万ルピアで、早めに仕上げてもらうための追加料金が１２，５００ルピア。結局、生地と合わせても、かかった費用は合計３０万ルピア弱（４０００円弱）。この金額でオーダーメイドの服が一着できるというのは、日本人の感覚からすると驚きである。<br />
<br />
Ｔａｎａｈ　Ａｂａｎｇを訪れる日本人は、たぶんほとんどいないだろう。インドネシア人と一緒でなければ、足を踏み入れるのもためらうかもしれない。ただ、このようにいろいろなものを安く、そして自分好みに作ることは、ジャカルタの楽しみ方のひとつだと思う。それに、自分で歩き回って完成させた一品には、他にはない思い入れが芽生えるような気もする。ジャカルタ在住の方はもちろん、旅行者の方もいい思い出を作れるのではないだろうか。<br />

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    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-08-11T02:44:45+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
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    <title>原点</title>
    <description>先日、お世話になっているある先生がテレビに出演した。いや、主演したというべきであろう。ローカル局の深夜番組だったのだが、一人の日本語教師に焦点をあてた番組などそうそうあるものではない。タイトルは「僕はプロの日本語教師です」。そう、男性教師なのだ。

日...</description>
<content:encoded><![CDATA[
先日、お世話になっているある先生がテレビに出演した。いや、主演したというべきであろう。ローカル局の深夜番組だったのだが、一人の日本語教師に焦点をあてた番組などそうそうあるものではない。タイトルは「僕はプロの日本語教師です」。そう、男性教師なのだ。<br />
<br />
日本語教師の世界は、圧倒的に女性が多い。正確なデータは把握していないが、実感として八割が女性である。そして、日本国内では、その多くが既婚。つまり、日本語教師の多くは既婚女性によって支えられているわけだ。では、なぜそのような男女比になってしまうのだろうか。だれもが口をそろえて言う最大の要因、それは「給与が低い」というものだ。既婚女性であれば配偶者の収入があるため、一人で全ての生活費をまかなう必要はない。よって、長く日本語教師という仕事を続けていける、とのことらしい。<br />
<br />
そんなわけで、男性日本語教師というのはなかなか<span style="color:#0000FF">レアな存在</span>だ。確かに、これまで自分が出会った男性日本語教師は一人残らず顔を思い出せる。その程度の数なのだ。養成講座時代も、クラスには女性が20人、男性が4人、といったバランスだった。そして当時、養成講座の先生として様々なことを教えてくださったのが、冒頭で述べた先生である。ここではK先生と呼ばせていただく。<br />
<br />
K先生は当時養成講座で教わった先生たちの中でも、一際インパクトの強い先生だった。エネルギッシュかつユニークな語り口、豊富な経験に裏打ちされたテクニック、そして何より<span style="color:#FF0000">日本語教師としての姿勢</span>が印象的で、今でもよく覚えている。人によっては「熱い先生」と形容する人もいるだろうが、それ以上に自分にはその一言一句に誇りや確固たる信念が感じられた。養成講座修了後、フィリピンに仕事が決まって準備しているときには、あれこれ相談にのってもらった。こちらに来る前には教材をゆずっていただいたりもした。<br />
<br />
番組の中では、そんなK先生の授業風景やセミナー、また準備の様子などが映し出されていた。よりわかりやすい授業のための工夫、学習者に向けられる心遣い、惜しみなく注がれる時間とエネルギー。頭の中には日本語教育のことしかないのではないかというほど、すごかった。そしてそこに、日本語教師としての<span style="color:#008000">原点</span>を見た思いがした。<br />
<br />
教壇に立つことに慣れれば慣れるほど、経験値が上がれば上がるほど、エネルギーを使わずに授業ができるようになる。それはもちろん肯定的な意味でである。しかし、その過程で熱意や謙虚さが失われていきやすいのも事実だと思う。いつも自分の中に、原点を忘れない心を持っておきたい。<br />

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    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-07-31T02:38:21+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
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    <title>以言伝心</title>
    <description>前回のブログで「ジャカルタ生活1年9ヶ月にして、初めて携帯電話を購入した」と書いた。1年9ヶ月は月に換算すると21ヶ月。日数にすると630日超。細かく考えれば考えるほど、実感のない数字になってゆく。実感というのは、正確にいえば「それだけの時間をインドネシアで過...</description>
<content:encoded><![CDATA[
前回のブログで「ジャカルタ生活1年9ヶ月にして、初めて携帯電話を購入した」と書いた。1年9ヶ月は月に換算すると21ヶ月。日数にすると630日超。細かく考えれば考えるほど、実感のない数字になってゆく。実感というのは、正確にいえば「それだけの時間をインドネシアで過ごしたという実感」だ。とどのつまり、<span style="color:#FF0000">光陰矢の如し</span>という月並みなセリフを言いたいのである。<br />
<br />
ここで1年9ヶ月前の自分と、現在の自分を比べてみよう。パッと思い浮かぶだけでもけっこうある。ほくろがいくつか増えたこと、バジャイに乗れるようになったこと、何キロかやせたこと。しかし、それらの変化は傍目にはほとんどわからないはずだ。では、当時のタナカを知っている人間にとって、いちばんわかりやすいのは・・・。おそらく、インドネシア語の成長だろう。<br />
<br />
当初の加速度的なスピードはもはやないものの、今なお少しずつは伸びているはずだ。特に勉強しているわけではないが、自然に語彙も増えているし、会話もある程度はできるようになっている。ただ、それに比例して、あらゆる局面でインドネシア人とのコミュニケーションが円滑になっているかといえば、そうでもない。むしろ、語学力の伸びと比較すると、コミュニケーション上の苦労の解消度は高くない。最近そのことについてちょっと考えてみる機会があった。<br />
<br />
例えば、仕事をしていると、こんなことがよくある。ある仕事をスタッフAに頼みたいのだが、直接話す時間がないのでスタッフBに「Aにお願いしといて」と伝言する。しばらくすると、その伝言を受け任務を遂行したAが、結果を見せにやってくる。ところが、それがイメージしていたものと全く違っているのである。Aに訊ねると、<br />
<br />
「いや、Bにこういうふうにって言われて・・・」　<br />
<br />
ならばとBに訊ねてみれば、<br />
<br />
「いや、私は先生に言われたとおりに伝言したよ」　<br />
<br />
うむむ・・・。記憶をたどってみても、そんなに難しいことを言ったように思えない。また、自分のインドネシア語にも問題はなかった自信がある。そうなると、どこでこの連絡事項が<span style="color:#0000FF">妙な伝言ゲーム</span>になってしまったのであろうか。<br />
<br />
こういう場合、結局自分が悪かったのだという結論に至るケースが多い。第一に、向こうは自分たちの母語でコミュニケーションしている。その一方で、こちらは外国語を話しているのである。いくら本人が自分の言葉は正しかったと思っていても、相手にどこかで違った受け取り方をされる可能性は少なくない。第二に、どれだけ日ごろ親しくしていて、お互いにお互いのことをよく理解しあっているつもりでも、ここでは自分は外国人。自分が「A＝B」と認識しているものが、相手にとっては「A＝C」なのかもしれない。そう考えると、語学力＝コミュニケーション能力とは言いきれない。文化、習慣、考え方、感覚、価値観・・・そんなものの違いに対応できるようになって初めて一人前なのだろう。<br />
<br />
以心伝心という言葉がある。みなさんご存知のように、これは「無言で気持ちが通じ合うこと」の意で、いかにも素敵な言葉である。しかしこの世の中、どれだけの人が自分と以心伝心の関係にあると言えるだろうか。親、兄弟、親友、配偶者・・・こんな人たちとでも、体現するのは簡単ではないように思える。ましてや、異国で日々を送っている人間なら、よりいっそう大変なはずだ。<br />
<br />
うまく伝わらなかったときは、自分が自分だけの感覚で話してしまったとき。そう思うことにしたい。「これだけ言えば・・・」はきっと、あくまで、自分の感覚だ。基本的なところから、まずは「以言伝心（言を以って心を伝える）」を実現したい。そしていつか、<span style="color:#008000">「以言伝心」が「以心伝心」へと</span>つながってゆくはずである。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-07-13T21:36:32+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
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    <title>携帯電話</title>
    <description>6月28日土曜日は弟の誕生日だった。そしてその日、僕は携帯電話を買った。といっても、弟のためではなく自分で使うため。ジャカルタ生活1年9ヶ月にして、初めてのことだった。

もちろん、これまで携帯を持っていなかったというわけではない。ただ、自分で携帯を買った...</description>
<content:encoded><![CDATA[
6月28日土曜日は弟の誕生日だった。そしてその日、僕は携帯電話を買った。といっても、弟のためではなく自分で使うため。ジャカルタ生活1年9ヶ月にして、初めてのことだった。<br />
<br />
もちろん、これまで携帯を持っていなかったというわけではない。ただ、自分で携帯を買ったのが初めてだったというだけだ。いきさつはこうだ。こちらに来てからしばらくして、JCCの教師用として使われてきた携帯が支給された。2005年に帰国した日本人教師が、JCCのために寄付してくれたものだ。モデルは古く画面もカラーではないが、通話にもSMS（携帯メール）にも支障はなかったため、それを半年くらい使った。ところが、時間が経つにつれ徐々に電波の受信状態が思わしくなくなり、使いづらくなってきた。そんなとき、一人の同僚が「使ってない携帯があるから、それを使いな」と、手を差し伸べてくれたのだった。それがつい先日まで使っていた携帯で、結局その後1年以上お世話になることになった。<br />
<br />
日本人はここで「え？」と思うかもしれない。「使っていない携帯があるから・・・」というところである。日本では普通携帯は買い換えるものであって、使用可能な携帯を複数台所持しているのは、仕事とプライベートを分けたい人や、何らかの事情がある人だろう。だが、ここインドネシアでは特に忙しい人でなくても、お金持ちでなくても、わりと一般的だ。というのも、インドネシアの携帯のシステムは、いわゆるプリペイド式。日本のように面倒な手続きは必要なく、お金さえ払えば誰でも手に入れることが可能だ。そしてSIMカードというICチップが埋め込まれたカードが電話の核となっているのも手軽さのひとつ。このカードには自分の電話番号や電話帳が登録されているうえ、メーカーや機種間の違いがないので、友達の電話機でも自分のSIMカードと入れ換えればすぐに自分の電話として使える。電話機本体は、<span style="color:#0000FF">ヤドカリにとっての貝殻</span>のようなものなのだ。そんなわけで、電話機を個人的に売ったり譲ったりするのは日常茶飯事なのである。<br />
<br />
それにしても、インドネシア人の携帯好きと言ったら・・・。どこもかしこもSMSに夢中な人でいっぱいだし、職場でも「誰それが新しいのを買った」とか「NOKIAの何とかっていうモデルがかっこいい」とか、携帯にまつわる話題には事欠かない。新しいモデルが競うように発売され、新旧の入れ替わりもあっというま。サービスも拡大を続ける一方で、もともと関心の薄い人間にはもう何がなんだかさっぱりわからない。まあ、日本にいてもよくわからないのだから、当然といえば当然である。そして今回お話ししたいのは、こと携帯となるとやたら神経質になるインドネシア人の性質である。<br />
<br />
インドネシア人のイメージといえば、「明るい、人なつっこい、おおらか」などだろう。事実そうだと思う。そして付け加えるなら、全体的に<span style="color:#FF0000">だいたい</span>である。「kira-kira（だいたい）」という言葉がよく使われることが端的にそれを示しているが、細かさ、緻密さに欠けるのだ。しかし、彼らが携帯を手にしたとき、それらのイメージが吹き飛ぶ瞬間がある。例えばこうだ。<br />
<br />
電源がオンの状態で充電していると、「こら！充電中は電源を切っておかなきゃダメじゃない！」<br />
<br />
充電完了後も電話機が充電器とつながったままになっていると、「おい！こんなことするんじゃないよ！」<br />
<br />
充電中、コンセントが足りなくなってやむをえずプラグを引き抜くと、「Oh, my god.　信じられない！」<br />
<br />
どれも日本人なら心当たりがあることではなかろうか。そして、そこまで気にする人は稀ではないか。<br />
<br />
新しい携帯を買ったときもそうだった。店主に受けた充電にあたっての注意が、「最初の充電は電源をオフにした状態で、6〜8時間ね。2回目以降は2〜3時間でいいけど」だったのである。2週間の使い捨てコンタクトレンズを買ったとき、店員に「3週間ぐらい使えるよ」と言われた自分にとっては、まさに衝撃的。無論、その数字がだいたいではないとの保証はない。ただ、こちらから訊ねたわけでもないのに、そのような細かい指示を与えられたことは、驚くべきことだ。それから、携帯の液晶画面を保護するための透明のシートも貼ってもらったのだが、このときも店主は最大限の注意を払い、画面を布で拭ってはほこりがついてないか何度もチェックをし、慎重に慎重を重ねて貼り付けてくれた。まるで、精密機械の工場での作業工程であるかのように。<br />
<br />
この<span style="color:#008000">非だいたい現象</span>が起こる背景として、携帯電話が占めるポジションが比較的高いことが挙げられると思う。平均的なインドネシア人の所得から考えると、ここでの携帯は日本人にとってのパソコンと同等、またはそれ以上なので、そのぶん大事に扱われるのではないか。その証拠に、多くのインドネシア人はいつも携帯を専用ケースに入れている。<br />
<br />
ところで、件の携帯ショップの店主だが、携帯に関しては常に細心さが見受けられたが、そのレシートは型番も何も書いてない、いい加減なものだった。このギャップがおもしろいと言えばおもしろいのだが・・・。これから携帯の他に、インドネシア人の意外な一面を見せてくれるものにいくつ出会えるだろうか。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-06-30T23:46:54+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
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    <title>生える</title>
    <description>行きつけの美容室の受付で支払いをしていたときのこと。カウンターの上に置かれていた数種類の小冊子の中に、日本語表記があるものを発見した。いたってシンプルなデザインで、表紙は真っ黒。そして白抜きでこう綴られている。

　草のヘア・トニック　生える

思わず...</description>
<content:encoded><![CDATA[
行きつけの美容室の受付で支払いをしていたときのこと。カウンターの上に置かれていた数種類の小冊子の中に、日本語表記があるものを発見した。いたってシンプルなデザインで、表紙は真っ黒。そして白抜きでこう綴られている。<br />
<br />
　草のヘア・トニック　生える<br />
<br />
思わず手にとってまじまじと見る。いったいどんなものなのだろうか？　変な日本語がだんだん気になってくる。「あの人、まだ若いのに抜け毛がひどいのかしら」と店員さんに誤解されるのではという思いも一瞬頭をよぎったが、こうなっては決断せざるをえない。内容を見たい一心でリスクを犯してまでその小冊子を持ち帰ることにした。<br />
<br />
部屋に帰って中身をよく読んでみると、何のことはない。ただのヘアトニックだった。「草の」という日本語が言わんとしているのは、英語でいう「Herbal」。おそらく辞書で調べて、そのまま使ったのであろう。そして、「生える」という漢字には「HAIRU」というアルファベットがあてられている。ひらがなの「い」と「え」を間違えるというのは、日本語学習においてもあまりに初歩的なケアレスミスだが、海外では遭遇することもなくはない。以前このブログでも、身近にある、日本人が関与してないことが一目でわかる<span style="color:#0000FF">うさんくさい日本語</span>をいくつかご紹介したが、今回のポイントはちょっと違う。今回はヘアトニックの商品名に「生える」と名づけるその卓越したセンスについて少々語りたい。<br />
<br />
正しい日本語を正しく使えるかということも、もちろん大きな問題だ。そこができておらず、日本人が「どうしてこうなっちゃうんだろう」と、つい首をひねってしまう日本語表記が、ジャカルタのスーパーやレストラン、看板などにしばしば見受けられる。ただ、これに関しては、もし製造サイド（あるいは提供サイドなど）に日本人スタッフやアドバイザーがいれば大幅に改善できるだろうと推測する。しかし、センスに関しては一朝一夕ではないだろう。JCCの近くにも妙な名前のレストランがけっこうある（はて、まだあるのだろうか？）。例えば、「SEKAI SHABU」というレストラン。「SEKAI」は世界で、「SHABU」はしゃぶしゃぶの意だと思われる。ただこの名前だと、<span style="color:#FF0000">アンダーグラウンドでのインターナショナルな会合</span>を連想せずにはいられない。<br />
<br />
「生える」というネーミングにも、同じような「日本人だったら付けないよな」感があると思うのだが、みなさんはどうだろうか。これでは便秘薬に「出る」と名づけるのと大差ない。そのストレートさは買うが、消費者の心理をあまりに無視している気がする。とは言っても、どこか嫌いになれないんだよなぁ・・・。<br />
<br />
余談だがこの「生える」。なんとシャンプーもあるそうだ。<span style="color:#008000">生える</span>シャンプーで髪を洗い、<span style="color:#008000">生える</span>ヘアトニックで頭皮を刺激する。これなら「生えない」わけがない。何かの縁だと思うので、もし必要になったら利用させてもらおう。<br />
<br />
さて、先日このブログのカウンターの数値がいつのまにか5000を超えていた。この出来事を簡潔に表現すれば、「超える」。商品にするなら、棒高跳びのバーあたりがちょうどいいだろうか。なにはともあれ、日頃読んでくださっているみなさん、本当にありがとう！<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-06-07T22:47:46+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
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    <title>ラジオ出演</title>
    <description>20日、21日と二夜連続で、バンドゥンのFMラジオ局「SKY」の番組にJCCが招待された。そして、21日の「日本音楽」という番組に、僕も同僚のインドネシア人の先生と二人でゲスト出演することに。人生で二度目のラジオ出演を果たすこととなった。

以前、ワーキングホリデー...</description>
<content:encoded><![CDATA[
20日、21日と二夜連続で、バンドゥンのFMラジオ局「SKY」の番組にJCCが招待された。そして、21日の「日本音楽」という番組に、僕も同僚のインドネシア人の先生と二人でゲスト出演することに。人生で二度目のラジオ出演を果たすこととなった。<br />
<br />
以前、ワーキングホリデーでニュージーランドに一年間滞在したことがあるのだが、そのときに生まれて初めてのラジオ出演を経験した。当時（今もあるかもしれないが）現地在住の日本人向けに制作されていた番組の中の、「ハロー　フロム　ジャパン」というコーナーで、友人からのつてで話が回ってきたのだった。コーナーの趣旨は、日本にいる家族や友人に電話をかけ、最近の日本の様子や動向を探る、というもので、出演時間はほんの10分程度。たいした時間でもないし、未知なる領域へ足を踏み入れるいいチャンスだと思い、友人とともに出演を快諾した。そして数日後、スタジオで実家の家族に電話する自分をイメージしつつ、局へと向かったのだった。<br />
<br />
当日、制作サイドからは「事前にご家族に連絡しておきますか？」と訊かれた。たしかに急に電話をかけて留守だったら話にならない。しかし、素人ながら変なところでこだわりたかった僕は、「やらせっぽくなるより、自然なほうがいいと思うんで・・・」と一端の口を叩き、<span style="color:#FF0000">ぶっつけ本番アドリブコース</span>を選択。持ち時間のラスト20秒あたりで、「実はこれはラジオの生番組でした〜」と種明かしをする計画を立てたのだった。<br />
<br />
そしていよいよ本番。ディレクター（らしき人）の「最近発行されたばかりの二千円札についてちょっと尋ねてみてください」という言葉を頭の中で反芻しながら、受話器の奥から現れる家族の声を待った。<br />
<br />
「もしもし」<br />
<br />
電話を取ったのは祖母だったが、ここはやはり弟でいこうと思い、電話を代わってもらった。<br />
<br />
弟　　　「もしもし」<br />
タナカ　「もしもし」<br />
弟　　　「どーしたとー（博多弁）」<br />
タナカ　「いや、別になんてこともないっちゃけど（博多弁）・・・最近どう？」<br />
弟　　　「最近どうって・・・、なんで？」<br />
タナカ　「いや、なんでって別に訊いてみただけやけど・・・ほ、ほら、最近二千円札が出たやろ？」<br />
弟　　　「うん、出たけど。それが？」<br />
タナカ　「二千円札って、どーよ？」<br />
弟　　　「は？」<br />
タナカ　「やけん、あの二千円札は・・・」<br />
弟　　　「あんた、どーしたとね？」<br />
<br />
普通、高い国際電話料金を払ってまで海外から日本の家族に電話するときには、何かしら用件や必要性があるものだ。百歩ゆずって仮にそういったものがなくても、海外に住んでいる身内から、電話で唐突に発行されたばかりの新紙幣について尋ねられるなんてことはない。二千円札の方に話を誘導しなければという僕の思いは空回りを続け、結局かみ合わず、ぎこちないことこの上ない会話に終始するはめに・・・。きっと、<span style="color:#008000">野球のグローブをつけてサッカーボールでキャッチボールをする</span>と、あのような気分を味わえるだろう。最終的に構想通りにいったのは、ラジオで声が流れていることを知ったときの弟の「うそっ！マジでー！」というリアクションのみだった。<br />
<br />
もちろん今回のラジオ出演は、そういったお遊びではなかった。出演時間のおよそ1時間で、日本の伝統行事「七夕」やJCCが行っている様々な活動について紹介するというミッションを達成しなければならない。よって、ある程度はこんなことを話そうという筋書きが頭の中にはあったし、パートナーとなる先生とも打ち合わせをしておいた。<br />
<br />
結論から言うと、今回のラジオ出演は成功と言える内容だったと思う。基本的にはインドネシア語でという状況だったので、ちょっとつまってしまったところも少しあったものの、まあまあしゃべれた気はする。後日、収録された音源をデータでもらい、自分でも聴いてみたが、それほどとんでもないことは言ってなかった。ニュージーランドで嘗めた苦い思い出も、多少はすすぐことができたのではないだろうか。<br />
<br />
それにしても、JCCで働き始めてからというもの、教務以外でもいろんな経験をするチャンスが多く巡ってくる。例えば、新聞の編集、イベントの司会や企画、ポスターの作成、作詞の手伝いなどなど。中には数年前の自分が想像だにしなかったこともある。今回のラジオにしてもそうだ。往々にして新しいチャレンジには困難が伴う。ただ、それらを通して自分の幅が広がっていくことを考えれば、こんなにありがたいことはない。<br />
<br />
そういえば、先日のラジオには雰囲気を出すために浴衣と下駄を着用して出演したのだが、本番前のスケジュールが、着替え→食事→本番の順だったため、<span style="color:#0000FF">インドネシアのケンタッキーフライドチキンに浴衣姿で突入</span>しなければならなかった。近所で日本関係のイベントをやっているわけでもない。周りの人と全く変わらない一人の普通のお客さんとして、ツイスターを食べに行ったのである。カランコロンと音を立てて歩く、奇妙な服を着た男にじろじろ視線が集中したのはもちろんのこと、子どもに「何あれー？」と指差されもした。あれもまた、めったにできない経験だろう。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-05-26T03:24:33+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
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    <title>生活の中にある10の小さなルール</title>
    <description>前回、手相についてブログを書いたが、書き終わった後なんとなく右手を眺めていてふと思った。

「今現在、自分が忠実に守っている爪切りのペースは、いったいいつできたんだっけ？」

毎週末、必ず爪を切るようになったのは、おそらくこちらにやってきてまもなくのこ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
前回、手相についてブログを書いたが、書き終わった後なんとなく右手を眺めていてふと思った。<br />
<br />
「今現在、自分が忠実に守っている爪切りのペースは、いったいいつできたんだっけ？」<br />
<br />
毎週末、必ず爪を切るようになったのは、おそらくこちらにやってきてまもなくのことであったと思う。1年以上続いていれば、たとえ小さなことであっても立派な習慣のひとつと言えるだろう。それからしばらく、このような生活の中に存在する、自分だけの小さなルールについて考えてみた。<br />
<br />
集まったものをここに羅列してみよう。ちなみに、重要度や継続年数などは全く無視することとする。<br />
　<br />
?　爪切りは一週間に一回<br />
?　爪切りは左手の親指からスタートし、右手の小指でフィニッシュ<br />
?　シャワーの後は綿棒で耳掃除（朝は1本、夜は3本綿棒を使用。右耳から）<br />
?　体をこするとき、スタートは左耳の裏<br />
?　靴下を履くのは左足が先<br />
?　シャツをハンガーにかけるとき、一番上のボタンはとめる<br />
?　ごはんを食べる前に歯磨きをしない<br />
?　仕事のシャツにはアイロンをかける<br />
?　鍵は右のポケット、ハンカチは左のポケット、財布はおしりのポケットに入れる<br />
?　仕事中はボールペンを胸ポケットに<br />
<br />
上記10のルールのうち、そのほとんどがすでに意識的にやっているものではない。ただ、こうやって文字にしてみると、けっこう分析の余地があるように思える。<br />
<br />
まず?、?、?は仕事柄そうしている。<span style="color:#008000">日本語教師の仕事にマーカーは不可欠</span>だ。ゴルファーとゴルフクラブ、侍と刀、あるいはF1レーサーとマシンのような関係と言えばわかりやすいかもしれない。よって、日本語教師は必然的に手の汚れとの闘いを余儀なくされる。特に爪に入って取れない黒ずみは看過できない悩ましい存在。そこから?が発生するわけだ。また、?と?も同じようなもので、もし自分が消防士や占い師だったら必要ないかもしれない。<br />
<br />
そして?、?、?は<span style="color:#0000FF">右利きであること</span>に起因しているはずだ。また、?も右利きであることと関係がありそうなのだが、これに関しては正直あまり自信がない。というのも、靴下は普通両手で持って履くので、右足が先でも支障はない気がするからだ。あるいは、利き目なんかが関係するのだろうか。このブログを読んでくださっている右利きの皆さんに、右足左足どちらが先か訊いてみたい。<br />
<br />
?、?、?あたりは<span style="color:#FF0000">個人的な好みや美意識</span>によるところが大きい。ボタンが全部とれた状態でぶら下がっているシャツ、歯を磨いてからごはんを食べる自分がなんとなく許せないのだ。ただ、そうすることを習慣としている人も存在する。結婚相手がもしそうだったら、いったい自分にどんな影響を及ぼすのだろうか。<br />
<br />
以上、自分の生活の中にある10の小さなルールについて述べた。?から?まで考えつくのに、おそらく5分くらいかかったと思う。人によっては、2分しかかからない人や、20分経っても考えつかない人もいるだろう。それにしても、あまりにも生活感に溢れた回答である。「赤ワインは必ず17℃で飲む」とか、「高速を走るときのBGMはクラシック」とか、ひとつぐらいあってもよさそうなんだけどなぁ・・・。<br />
<br />
皆さんの10の小さなルールはどんなものだろうか。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-05-04T01:54:10+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
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    <title>手相</title>
    <description>日本の友人がメールで「おもしろそうだから、見てみて」と、あるサイトを紹介してくれた。「何だろう？」と思ってクリックしてみると、目に飛び込んできたのは「クリックでわかる！　自分で手相見」というページ。友人には申し訳ないが、第一印象は「ふん、手相か・・・」...</description>
<content:encoded><![CDATA[
日本の友人がメールで「おもしろそうだから、見てみて」と、あるサイトを紹介してくれた。「何だろう？」と思ってクリックしてみると、目に飛び込んできたのは「クリックでわかる！　自分で手相見」というページ。友人には申し訳ないが、第一印象は「ふん、手相か・・・」だった。というのも、生来、占いをあまり信用しない性質なのだ。<br />
<br />
以前、このブログで血液型について書いたときにも述べたが、日本人は占いが大好きな民族であるように思う。占い方ひとつをとってみても、星占い、タロット、水晶、生年月日などなど、枚挙に暇がない。変り種としては、みかん占い（みかんの皮をむいて、その形や皮の枚数などで占う）や、にぼし占い（袋に入ったにぼしを一掴みしてどうのこうの・・・だったと思う）なんかもあるそうだ。なんとも言えないばかばかしさを感じるが、やってる本人もお客さんも真剣であるなら、他人が口をはさむことではないだろう。<br />
<br />
別に非科学的なことを一切信用しないというわけではない。<span style="color:#008000">我々の想像をはるかに超えたパワーやメッセージ</span>というのも、この世には存在するだろう。ただ、自分がそういった超常現象（？）に全く縁のない人間である上に、未来を言い当てられてしまうのが癪であるという理由で、あまり気が進まないのだ。しかし、未来を予測する占いではなく、その人の人間性を分析する性格診断であれば、わりと素直に信じられる。例えば、血液型なんかでも、同じタイプのものを持つ人間同士には行動の傾向に類似点があっても不思議ではないと思う。そして過去に一度だけ、この性格診断で驚かされた経験がある。<br />
<br />
10年ほど前に流行した、動物占いがそれ。当時、関連書籍もかなりの数に上っていたこの占い。たしか生年月日で占うシンプルなものだったと記憶している。やったことのある方も多いのではないだろうか。自分のシンボルは<span style="color:#0000FF">羊</span>だった。正直、たかが文庫本に「おまえは羊だ！」と宣告されたときの気持ちは愉快なものではない。「ライオンや黒豹ならかっこよかったのに・・・」とテンションも下がる。だが、その内容を読み進めていくうちに、これはまさに自分だと認めざるをえなかった。う−ん、不思議としか言いようがない。もちろんただの偶然ということも考えられるのだが・・・。<br />
<br />
そんなわけで、自分にとって性格診断は無視する対象ではない。そして件のページをよくよく見てみると「本当の私」と書いてあるではないか！　これは占いというより性格診断。20分ほど時間がかかるという注釈が気になりつつも、いつのまにか名前を入力し始めようとしている自分がいた。それから約20分の間、ひとりパソコンの画面と手のひらを交互に睨み続けた。<br />
<br />
人生初の<span style="color:#FF0000">手相によるタナカという人間像の分析結果</span>は上々だった。いくつか「？」というポイントもあったものの、おおむねうなずける、というか自分自身そうありたいと願っている人間像が描きだされていたからだ。仮に「えーっ！　自分はこんな人間じゃない！」というような分析結果だったら、おそらくここには書かなかっただろう。こんなに都合のいい話はないが、精神衛生上、最良の占いの受け入れ方だと思う。いいものには笑顔で応じ、首を大きく縦に振る。そして悪いものは黙殺し、なかったこととする。占い師さんや易者さんには大変申し訳ない気がするが、占い方もそれぞれなら受け止め方も人それぞれ。しかたがない。そして、そんな考え方で臨むことができれば、未来を占ってもらうこともまた、悪くはないかもしれない。<br />
<br />
手相なんて言ってみれば手のひらを走る単なる筋だが、そこから何かがわかるというのは否応なく人間の好奇心を刺激する。とにもかくにも、ご興味のある方はこちらへ！<br />
http://www.1101.com/maaco/tesomi/self_reading/day01/index.html<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-04-28T02:13:11+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
  </item>

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    <link>http://tanaka.jccindonesia.com/?eid=833939</link>
    <title>ＰＤ</title>
    <description>インドネシア語に「PD」という略語がある。「ペーデー」と読むこの言葉は、「P＝ｐｅｒｃａｙａ（信じる）」、「Ｄ＝ｄｉｒｉ（自分自身）」の略。要するに「自信がある」という意味だ。例えば、こんな感じで使われる。

スタッフ：　Besok ulang tahun sensei kan? Bis...</description>
<content:encoded><![CDATA[
インドネシア語に「PD」という略語がある。「ペーデー」と読むこの言葉は、「P＝ｐｅｒｃａｙａ（信じる）」、「Ｄ＝ｄｉｒｉ（自分自身）」の略。要するに「自信がある」という意味だ。例えば、こんな感じで使われる。<br />
<br />
スタッフ：　Besok ulang tahun sensei kan? Bisa dapat kado, ngak!?<br />
　　　　　　（あしたは先生の誕生日でしょ？　プレゼントもらえるの!?）<br />
タナカ　：　Memang, pasti bisa dapat. (当然もらえるよ）<br />
スタッフ：　PD banget!　（すっごい自信！）<br />
<br />
場面や文脈によっては<span style="color:#0000FF">マイナスの意味</span>にもなりうるが、個人的には好きな言葉だ。<br />
<br />
日本人にしてもインドネシア人にしても、自分の気持ちをはっきりきっぱり表現することは少ない。それが自信や自慢に関してならなおさらで、周囲にはとかく謙遜しがちである。学生時代を振り返っても、試験後に「うーん、まあまあかな」という奴はいても、「完璧！100点間違いなし！」という奴はいなかった。まあまあで100点取られては、頑張って80点の人間はやりきれない。<br />
<br />
しかし「出る杭は打たれる」からなのか、「能ある鷹は爪隠す」からなのか、事実そんな暗黙の了解が存在する。自分自身もそうだった。ただ自信を持てるところや誇れるところがなかっただけかもしれないが、とにかく自分を過小評価することはあっても、その逆はなかった。だが、いつしか自分の中にひとつの例外が生まれ、根付いていったのはまったくもって不思議である。<br />
<br />
こんなことを言うと「なんて横柄な奴だ」と思われるかもしれないが、未だかつて試験と名のつくものに落ちたことがない（記憶が正しければ）。別に超難関の試験を受けたことがあるわけではないので、たいした自慢にもならないだろうが、事実である。言うまでもなく、自分は天才でも努力家でもない。何もしなくてもできるというタイプではないし、ましてや目標に向かってコツコツとやり続けられるタイプでもない。学生時代もほとんどの試験は一夜漬けで対処してきた。そんな中たったひとつ必ずやっていたこと、それが言うなれば<span style="color:#FF0000">ＰＤ術</span>である。なんだか週刊誌のうさんくさい広告にありそうな名前だが、あしからず。<br />
<br />
前述のＰＤ術、簡潔な説明としては、<span style="color:#FF0000">「自分はできる、絶対にやれる」と信じ、それを口にすること</span>、が適切だろう。準備が足りていなかろうが体調が悪かろうが、何が何でもそう信じる。もちろんそこに確固たる裏打ちがあれば鬼に金棒なのだが、人間とは弱きもの、そんな状況はそうそうない。であるからこそ、ポイントが「何が何でも」なのだ。<br />
<br />
実はこのタナカ、今年1月に行われたインドネシア語技能検定試験Ｃ級に挑戦、無事合格した。受験を決意し、願書を提出したのは試験のおよそ4ヶ月前だったと思う。当初は、去年10月のレバラン休暇が終わったら本格的な準備を始めるつもりで、周囲にもそう漏らしていたのだが、11月、12月と試験が近づいても「仕事が忙しいから」と自分自身を甘やかして過ごし、いつのまにか年末になっていた。年末年始の休暇を利用し、バタバタと試験対策に取り組んだものの、結局準備万端とは言いがたい状況で当日を迎えることとなってしまった。しかし、そんなときこそＰＤ術が本領発揮。心の奥底に潜む不安をかき消し、その場の雰囲気に呑まれることなく全力を出し切れた。<br />
<br />
そして以前は受験時の例外だったこのＰＤ術は徐々に拡大を続け、今ではタナカのキャラクターの一部として定着しつつある。いわゆる<span style="color:#008000">自信家キャラ</span>で、主に教員室や教室で発揮されている。学生がまかり間違って「タナカ先生はハンサムですね」などと言おうものなら、もう大変。「でしょう？よく言われるんですよー」と返し、閉口させてしまうこともしばしばだ。教員室ではかなり叩かれているが、叩かれることもまた楽しんでいるのだから、我ながら手のつけようがないと思う。<br />
<br />
日本語には、「言霊」という言葉がある。言葉に宿る不思議な力を意味し、口にしたことが現実となることもその力だそうだ。先日の試験に合格できたのは、教えてくれた先生たちや、応援してくれた人たちによるところが大きい。だが、もしかすると、この「言霊」の力もあったのではないだろうか。<br />
自分のことを「頭がよくて男前で性格もよくて・・・」と言い続ければ、本当にそうなれる可能性もゼロではないかもしれない。友人や同僚に縁を切られない程度に、今後もやっていこうと思う。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-04-16T02:15:47+09:00</dc:date>
    <dc:creator>タナカ</dc:creator>
    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
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    <link>http://tanaka.jccindonesia.com/?eid=823748</link>
    <title>落書き</title>
    <description>まずはこの写真をご覧いただきたい。










庶民の味方、1000ルピア札である。日本円に換算するとおそらく15円ぐらい。お金持ちなら事情が異なるとは思うが、一般的に最も使用頻度が高い紙幣だ。特にバスの運賃や駐車料金などでは大活躍。ときどきバス通勤...</description>
<content:encoded><![CDATA[
まずはこの写真をご覧いただきたい。<br />
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<img src="images/IMGP0549.jpg" width="200" height="150" alt="隣の肖像を台無しにする落書き" class="pict" /><br />
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庶民の味方、1000ルピア札である。日本円に換算するとおそらく15円ぐらい。お金持ちなら事情が異なるとは思うが、一般的に最も使用頻度が高い紙幣だ。特にバスの運賃や駐車料金などでは大活躍。ときどきバス通勤しているスタッフから、「1000ルピア札持ってるか？」と両替をお願いされることもあるほどだ。<br />
<br />
とはいえ地味だし、路上で拾ったとしても決してうれしい額ではない。ぞんざいにポケットに突っ込まれたり、机の上に置き去りにされたりすることもしばしばだ。しかし、1000ルピア札たちはレジから財布へ、人の手から人の手へと、常に激しく厳しい移動にさらされボロボロになりながらも、文句ひとつ言わずに働いている。まことに<span style="color:#008000">けなげな存在</span>である。<br />
<br />
先日、そんな1000ルピア札たちの一枚を財布の中から取り出し、思いもよらぬその姿に驚かされた。なんとボールペンで大きく落書きがされてあるのだ。最初にご覧いただいた写真は、その<span style="color:#0000FF">不本意にも落書きされてしまった</span>1000ルピア札の姿である。書かれているのは「ORANG INDONESIA TANPA DUIT MATI」という言葉。翻訳すると「インドネシア人は金なしでは死んでしまう」といった感じだ。隣に剣を持った男性の肖像があるので、もしかしたらその姿とこの言葉をかけているのかとも思ったが、真相は定かではない。いったいどこの誰がどんな気持ちで刻んだのであろうか。<br />
<br />
日本でも、ちょっとした数字がメモされている紙幣などには出くわすことがある。以前、スーパーやコンビニのアルバイトでかなりの数の紙幣や硬貨を扱ってきた経験があり、自分はいろいろ見ているほうだと思う。中には変わり種もあって、「山本」と名前が書いてある紙幣もあった（どんな経緯でそうなったのか、興味深いところではある）。ただ、こんなにはっきりとしたメッセージに遭遇したのは初めて。びっくりすると同時に、なんとなく嫌な気持ちになった。<br />
<br />
「金は天下の回りもの」という言葉がある。その言葉通り、ルピアも円もドルもいろんな人の手に渡り、流通していく宿命にある。だが、いくら自分の手元にずっと留まるものではないとしても、落書きができるその神経は理解に苦しむ。<br />
<br />
これまで、様々な場所で落書きを目にしてきた。振り返ってみると、単に常識的にどうだということではなく、<span style="color:#FF0000">感覚的に人の気持ちを不快にさせる</span>ところが、落書きには備わっているような気がする。日本で見た他人の家の塀にスプレーでどでかく噴きつけられた意味不明の言葉。フィリピンで目にした、大学の壁や机に書かれた学校への不満や卑猥な絵。そしてインドネシアで発見した、遺跡の壁に刻まれた誰かへのメッセージ。どれもこれも、単に景観を損ねるばかりではない。<br />
<br />
この文章を書いているうちに、件の1000ルピア札をどうしようかというところに思い至った。あっさりと使ってしまう？　あるいは銀行で換えてもらう？　あ、とっておけば、「落書き」という言葉の導入に役立つ可能性がある。いや、それ以上に、日本語能力試験2級レベルの文法の授業にはもっと幅広い使い道があるのではないだろうか。例えば、「〜べきではない」、「〜にしても」、「〜にきまっている」なんかいいかもしれない。ん、これはどうだろうか。「〜わけではない」という文型。<br />
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「使えないわけではないが、もらってうれしくない」<br />
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さて、みなさんはこの1000ルピア札を見て、どんな例文を思いつくだろうか。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-04-06T20:23:30+09:00</dc:date>
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    <dc:rights>タナカ</dc:rights>
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